アラビア語「塾」

皆様に愛されて開塾30年

アラビア語「塾」30周年パレスティナ巡礼紀行(その9)

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約 7 分

 

アラビア語「塾」30周年記念パレスティナ巡礼紀行

2018年11月1日(月)- 7日目
執筆:ジュンディー

エルサレム 2日目

 

本日はエルサレム観光の2日目。アメリカンコロニーホテルの贅沢な部屋で休んだおかげで、前日オリーブ山から始まる長距離を歩いた疲れはかなり回復。日程表によると、今日は「鞭打ちの教会、エッケ・ホモ教会、贖いの教会、嘆きの壁、マリア永眠教会、ダビデ王の墓など」となっているが、最初の2つは前日に行ったのでスキップして、自由行動の時間を確保できることを期待。

午前8時、ロビーに集合すると、今日はバスなしで歩くとのこと。水も持ったので、私にとっては問題なし。ホテルから出て、サラーハッディーン通りを徒歩で南下、「嘆きの壁」へ向かう。朝は肌寒いくらいなので、お天道様の下を歩くのは気持ちがいい。ヘロデ門から旧市街へ。

金属探知機のゲートをくぐり、ユダヤ教の聖地、嘆きの壁を見学。古代ユダヤ王国の神殿の壁の残骸で、この向こうにユダヤ教における「世界の中心の岩」を擁する岩のドームがある。西暦70年にローマに滅ぼされて以来、世界中に分散し、各地で少数派として迫害された歴史や、聖なる岩が異教徒の支配下にあるといったことから、個人的な悩みに至るまで、嘆くことがたくさんある模様。

 

こうした嘆きとは縁がない異教徒の私は、ゆっくりと風景と人物を観察。壁の前で歌う集団、椅子に座り、机に聖書らしきものを広げて音読する人、壁に口をこすりつけている人など。人の背よりも大きい木の箱のような容器があったが、どうやら聖書「トーラー」の巻物を納める箱のようだ。壁の石の隙間には紙切れがたくさん詰め込まれている。願い事を書いた紙のようで、同行者の一人は、この紙切れを取り出した後に自分の紙を詰め込んでいる人を目撃したとのこと。その人の努力は認めるが、方向が誤っているのではないか。

神殿の丘

見学を終え、右側の通路を上がって壁を越える。ここが神殿の丘。ガイドのサラーハさん曰く、エルサレムで最も神聖な土地で、エルサレムという街が重要である所以である。ここにそびえるのは、アルアクサー・モスクと岩のドーム。いずれも入場できず残念だが、岩のドームは青いタイルが美しく、外観だけでも一見の価値ありと感じた。オスマン帝国時代の建築とのことで、ドームは金色だが純金ではなく合金だろうと、サラーハさんが解説。惜しむらくは見学時間が10分と限られていて、中年の男性職員に出て行くようしつこく促される。ここは天国に近い場所のはずだが、まるで地獄の鬼に追い立てられるよう。まあ、近くにいた東アジア人観光客が階段に座り込んで、「インスタ映え」する写真を撮っていたのを見ると、気持ちはわからなくもない。異教徒はおとなしく去ることにしよう。

園の墓(the Tomb of Garden)

今日のメインイベントが終了。昼食の時間まで30分程度フリータイムとなった。他の方々は市場に買い物に行くようだが、私は近くの「園の墓(the Tomb of Garden)」へ。ダマスカス門から徒歩約5分。イエスが磔刑にかけられたゴルゴタの丘の真の場所は現在の聖墳墓教会ではなく、ここであるとの異説がある場所で、その象徴となった「しゃれこうべ(『ゴルゴタ』の意味)」に見える断崖」を見学。入場無料、日本語の案内書が用意されており、比較的静かな庭園である点も好印象を持った。肝心の「しゃれこうべ」は、鼻の部分が崩れてなくなり、単なる穴と化していた。時の流れの無情さか。歴史事実を証明することの難しさを感じた。80年前のことですら難しいのに、2000年以上前ではなおさらだ。

昼食は、ダマスカス門の北にあるパレスチナ料理店で、伝統料理を食す。パレスチナで唯一女性が経営するレストランとのことで、地元民も「お袋の味」を求めて訪れるらしい。ラム肉の煮込みがおいしかった。ドリンク、チップ込みで70シェケルくらいだったと記憶。

その後は自由行動。ダビデ王の墓などを回る方々もいたが、翌日以降はシャバトの影響で観光しにくくなる「弾薬の丘」を見に行くため、私は別行動。今日で最後となるサラーハさんに別れを告げ、まずは近くのロックフェラー博物館へ。(サラーハさん、親切にガイドしていただきありがとうございました。大変興味深く、勉強になりましたこと、この場を借りて御礼申し上げます。)

ロックフェラー博物館

ロックフェラー博物館は、アメリカの石油王であったロックフェラーが出資して建てられたもので、彼の収集した考古学遺物が展示されている。物々しいゲートをくぐって中に入ると、20万年前の人骨(類人猿のホネ)や動物のホネの化石から、ユダヤ王国時代、ローマ時代、ウマイヤ朝時代、十字軍時代、オスマントルコ時代の品々が展示されていた。アフリカのホモサピエンスとヨーロッパのネアンデルタール人が出会ったのもこのあたりだったのかもしれないことなどに思いを馳せ、まさにここは、文明の交差点と言うにふさわしい地域であると感じた。

閉館時間である15時まで見学し、最終目的地「弾薬の丘」へ向かう。公共交通機関もあるが10分程度しか変わらず、切符購入の手間、運賃がかかること等を考慮し、約2kmの道のりを徒歩で向かう。途中、パレスチナの商店街をぬけ、アメリカンコロニーホテルのそばを通り過ぎて少したつと、急に高層建築物や公園などの見える、すっきりした町並みになる。15時40分頃到着。

弾薬の丘

「弾薬の丘」は、イスラエルが6日間で勝利を収めた第3次中東戦争における激戦地を記念した資料館および公園。入場料が15シェケル。別料金でガイドツアーがあるが、すでに当日分は終了したとのこと。ガイドツアーでないと資料館には入れないようで、少し惜しかったが仕方ない。16時からビデオの放映があるので、それまで屋外展示を見学。ヨルダン軍が構築した塹壕のほか、戦車の残骸(説明書きがなく、オタクではないので詳細不明)が展示されていた。監視塔と思われる建物には砲弾の痕とみられる大きな穴が開いており、戦場の跡であったことがしのばれた。

16時になり、シアターに向かうもドアが施錠されていて開かない。受付まで戻ったら他の職員に声をかけて開けてくれた。他の客は中~壮年の欧米系の女性観光客2名(ガイド付き)のみ。この男性ガイドが説明してくれたのを盗み聞きしたところ、第3次中東戦争開始前はスコープス山(現在のヘブライ大学あたり)がイスラエルの飛び地でヨルダン領に囲まれており、開戦後真っ先に救出に向かうために、「弾薬の丘」を突破しようとしたところ、ヨルダン軍の強力な防衛陣地に阻まれて苦戦した、とのこと。

15~20分程度のビデオの内容も、その苦戦の状況を当時の兵隊の回想映像で再現してくれるものであった。当然のことながらイスラエル側の視点に立った展示で、一言で言えば「大変な苦労をしたが、最後には我々が勝った」という内容であったが、映像や展示の中で、敵方のヨルダン軍についても非常に勇猛果敢に戦ったという記述がなされており、バランスがとれているように思われ、好感が持てた。

ホテルに帰還

見学を終え、17時過ぎにホテルに到着。同行者有志でホテルのレストランで夕食。190シェケルを費やした高い食事であったが、味は文句なくおいしかったので、たまには社会勉強も必要と自分に言い聞かせ、就寝。ついに7日目も終了し、ツアーも残りわずかとなった。

謝辞

檜先生、私のような未熟者にもツアーに参加する機会をいただき、ありがとうございました。少しではありましたが、アラビア語も実際に使うことができ、また上記以外にもたくさんの経験をさせていただき、見識を広げることができたと思っております。また次の機会にもご一緒させていただければ幸いです。

8日目:楽しい旅もいよいよ佳境へ(自由行動編)→

タッブーレ先生の旅行記

タッブーレ先生の旅行記はタッブレー先生が別行動をした際の記録です。

昼食後、ガイドのサラーハ君と見学再開。
ダマスカス門から入って、イスラム地区を抜けてユダヤ地区へ。境界線を越えると別世界。衝撃。ゴミも落ちていない。道がきれい。マカロンショップもあった。

聖マリア永眠教会へ。

最後の晩餐の部屋へ。あとから作ったのかミフラーブがある。

ダビデ王の墓へ。男女別にお祈りに。

トラムに乗って、ヤド・ヴァシム博物館へ。トラムは一回、5.9シェキル。

ヤド・ヴァシム博物館の最寄り駅のヘルツルの丘で下車。無料シャトルバスで博物館へ。博物館の入場料は無料。荷物を預けていざ見学。混んでいる。

夕食は、アルメニア料理を食べにレストランARMENIAN TAVERNへ。人気店なのか満席。美味しい。糸でつながったなぞのブドウのデザートも試食。不思議な味。

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8日目:楽しい旅もいよいよ佳境へ(自由行動編)→

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