アラビア語「塾」

皆様に愛されて開塾30年

チュニジア編

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塾生 in Arab チュニジア

【2006.7.17】

ご心配をおかけしておりました。
昨日ベイルート近郊のドゥベイエ(観光名所のジェイタ洞窟の入り口です)にあるホテルにチェックインしました。

ベイルートから車で普段は30分くらいのところですが、レバノン南部とベイルートをつなぐ主要道路が攻撃されたせいか、またベイルートや近郊に住む人々も家であえて外にでないようにしているせいか、普通なら大渋滞する高速をスイスイきて15分くらいで着いてしまいました。

私の住むベイルート・バダロはキリスト教徒が多く住む地域で、直接の攻撃は予想されていないものの、ベイルート近郊のダヒヤがさほど遠くないため、多くの人が避難し、またお店やカフェも閉まった状態でゴーストタウンの雰囲気さえあります。

実は昨晩、ホテルにチェックインした後、ベイルートの家に用事があり一人タクシーで帰宅して、バダロで夜を過ごしました。
2、3時間おきにダヒヤへが攻撃される一連の爆音が聞こえました。ガザで多少鳴れているせいか、まだ遠い、ととっさに判断できるものの、びくっとして瞬間的に窓から離れたところに逃げてしまいます。家が振動しているような気がしました。
そんな状態が今日の昼、バダロを出るまで続きました。

そんな調子でしたので、寝るに寝れず、寝付いても明け方爆音で起こされたのですが、眠いので半分夢の中。巨大な蚊と戦っている自分を夢みてました。(ベイルートは夏湿度が高いのでアパート上階にも蚊が侵入してきて常々悩ませれていたのですが…)

猫のアルとミーは今まだアパートにおいていて、2,3日分のえさをおいておき、あとは知人に世話をお願いする予定です。
臆病もののアルは、爆音のたびにいつも涼んでいるバルコニーから恐怖のあまり飛び上がり、床をすべりながら逃げ周り、部屋の隅やテーブルの下に隠れて怯えているので、置いておくのがかわいそうです。
避難が急なことで、同じアパートに住んでいる大家も避難、知人に連絡がつかずタイミングよく猫をお願いできなかったのです。私たち自身の今後の避難先が決まらないので、猫を連れていくこともできません。

ベイルートに昨年10月引っ越してきて、ようやく空を飛ぶ飛行機が戦闘機ではなくて旅客機なんだ、と思えるようになってきて、そんな音を聞いても胸騒ぎが起こらなくなってきたのですが、ベイルート国際空港が攻撃され、空を飛ぶあの音は戦闘機…とにかく嫌な記憶がよみがえってきます。でもガザの人たちはいまだにそんな不安な状態にさらされていますね。

南レバノンやベイルート近郊南部などシーア派の人たちが多く住む地域やレバノンの道路などのインフラが次々にイスラエル軍の攻撃にさらされて、多くのかたが巻き込まれ死傷者が増えていることを悲しく思います。
ヒズボッラーが先週の水曜日にイスラエル兵二人を拉致し、その後の展開はあまりにも急でした。イスラエルの過剰報復攻撃、ヒズボッラーの応酬。
それにしても、巻き込まれた子供の顔が砲弾や破壊されたものなどの細かい破片が顔中、体中にささり、病院のベッドでうつろな目で治療を受けているのをテレビで見るのはとてもつらいものがあります。
イスラエル軍の報復攻撃で100人以上の市民が巻き込まれ、ようやく内戦の傷跡から立ち直りはじめたレバノンの主要インフラ施設に大打撃を与えるというのは、いくらヒズボッラーのイスラエル兵拉致、というのがきっかけだとしてひどい気がします。 情勢をより不安にさせるだけだと思います。

私たちは先ほど、連れ合いの勤務先である国連(UNRWA)より、おそらく明日辺りにレバノン国外に退避する指示を聞いています。
空路や使えないので陸路でシリア、海路でキプロス、と避難先についてはいろいろと案がでていたようですが、UNRWAのベイルート勤務の国際職員およびその家族は結局陸路でシリア経由ヨルダンの死海、というところに落ち着きそうです。
ベイルートからダマスカスを最短で結ぶ道路やその途中の国境が攻撃をすでに受けて危険ということで、レバノンを北上して北の国境からシリア入りし、大回りでダマスカスまで行き、そこから(アンマン経由?)で死海ということになりそうですが、まだ最終決定でなく、とにかく指示がきたらいつでも移動できる準備をしておく状態です。

私としては8ヶ月になる息子を連れて回るのはしんどいので、できれば状況がすぐにでもよくなり、どこにも避難しなくてよく、早くベイルートの自宅に戻れることを願っています。離乳食の調達や準備とか、旅先でどうこなせるか不安ですし。
いづれにせよ、また落ち着いたらご連絡差し上げます。


【2006.2.15】

昨日のバレンタインデーはいかがお過ごしだったでしょうか。

レバノンは昨年の同じ日に元首相のラフィーク・ハリーリ氏が暗殺されたことから、半ば公休で(治安上の理由で?)私の住むベイルート・べバダロ地区は昼間の喧騒がなく静かな一日でした。ダウンタウンでは一周忌のデモがあったようです。
バダロでは全部の店が閉まっているわけではなく、バレンタインということからか、一部のケーキ屋さんや飲食店関係は開いていたようでした。
日本の過激チョコ商戦をこちらで目にすることはないものの(ないとないで、なんだかさびしく日本がなつかしい)、やはりケーキ屋さんにしてみれば、ハート型のチョコやケーキ、クッキーを売る大事な日なのですね。

イスラム予言者ムハンマドの風刺画を巡る問題が世界のあちこちで過熱しているようです。
10日位前ほど、近所のアシュラフィーエという地区にあるデンマーク大使館や教会が一部暴徒化したデモの群集に攻撃されました。
その晩、連れ合いがアシュラフィーエの日本食レストランに買出しに行った際、そこで働いていた人(キリスト教徒)は、デモが近くまで迫っていて怖かったが、もし対抗的な行動を起こしたら、1975年(レバノン内戦)の繰り返しになってしまうから、じっとやり過ごした・・・と言っていたと教えてくれました。
この国の微妙で複雑な宗教間にまたがる人間関係や心情をまたあらためて感じました。


【2005.12.6】

10月はじめにレバノン・ベイルートに引っ越してきました。夫が8月半ばにヨルダン・アンマン(UNRWAアンマン本部)からベイルートのUNRWAレバノンフィールドオフィスに転勤になったためです。エルサレム出身の猫2匹(アルとミー)も、ガザ~エルサレム~アンマン~ダマスカス~ベイルートと陸路の長旅へて、現在はベイルートの新居で一緒に暮らしています。

私の住むベイルート・バダロ地区ですが、ダウンタウンやその他の市中心街から車でさほど遠くなく、かつ比較的静かな場所です(ベイルート在住、いらしたことのある方は、ベイルートの交通事情がいかに混沌としているか、ご存知かと思います・・・)。国立博物館に歩いて5分くらいのところです。レバノン内戦の際、ベイルートをキリスト教徒住民とイスラム教徒住民を東西に分ける道路(グリーンライン)に近いところです。
このグリーンライン周辺は、現在では国立博物間あたりからダウンタウンにいたるキリスト教徒地区にはお洒落なお店やレストラン、カフェ、バーが、内戦など昔なかったかのように栄えていますが、その合間合間に、今でも破壊されたままのビル、壁に銃撃の跡を残したままのビルが散在しています。私の住むアパートの隣のビルの壁も銃撃でボコボコのままです。

大家のクラット(Klat)一家は私たちの真上の階に住んでいます。
一家はキリスト教徒で、内戦の間も、他の多くのレバノン人、特にキリスト教徒がアメリカやヨーロッパに移住する中、この一家はこのビルに住み続けました。

先日、クラット一家が出産祝いに訪れました。

一家の娘は今、バスマという人権NGOで働いており、この団体はパレスチナ難民キャンプでの活動もおこなっています。一方、彼女自身はパレスチナ難民に複雑な気持ちをいただいているようです。

彼女曰く、生まれた時から12歳になるまで、ずっと戦争状態だった。
家族からこの戦争は自分たちの国レバノンにいるパレスチナ人がいるために始まった、と聞かされつづけた。
つねに緊迫状態にあるグリーンライン周辺の地区に住み、時に狙撃兵が近くのビルにいたり、イスラエル軍とシリア軍が家の近くで睨みあいつづける時もあり、こども時代、外で遊ぶということはありえず、家で戦々恐々とした日々と過ごした。

彼女の母親は、パレスチナ難民が今はイスラエルとなっている彼らの故郷「パレスチナ」にイスラエルの政策によって帰還できないことを知りつつも、ここは私たちの国なのだから彼らはレバノンにいるべきではない、と口をはさむ。

パレスチナ難民支援のUNRWA職員であるモリツと私は、彼らの心中を酌みつつも、パレスチナ難民の置かれている状況(窮状)を説明すると、母親は、でもレバノン政府がこれ以上、パレスチナ難民を支援する義理はない、国際社会ーUNRWA-が彼らの面倒をみているのだから、とUNRWA職員の私たちをなじるように言う。(彼らのせいで)自分たちの国の中の問題が絶えない、という彼女に、モリツがさらに、UNRWAの財政状況やUNRWAがパレスチナ難民問題の解決にオールマイティではないこと、難民キャンプの窮状を放置しておくことは逆に問題を悪化させることにつながる、と説明。
中立的に振舞おうとしている父親が、問題は政治をせい、と間にはいる。母親は「誤解しないでね、別にパレスチナ人を憎んでいるわけではないのよ」と言って、その後はこの問題に触れたくなさそうでした。

クラット一家の訪問はレバノン人の複雑な心境を垣間見る機会となりました。

今年2月に元首相のラフィク・ハリーリが爆撃暗殺、その後の一連の爆撃事件が、人々を不安にさせたり、懐疑心をもたせたりしているような気がします。

先週、猫をかごにいれて獣医に連れて行った帰り、かごが重いので家のビルの入り口において、近くの薬局に立ち寄ったら、すぐ後からミリタリールックの男性がずんずん薬局にはいってきて、「あなたは今、ビルのそばに箱をおいて立ち去りましたね」と私に向かって怒った顔で言ってきました。
はあぁ、と思ったものの、「猫のかごです」と説明、薬局の店員も間にはいってくれ、その男性は怒った顔のまま立ち去りました。
ミリタリールックの人が通りにいるのをみかけなかったので、どこから見張っていたんだろう、と不思議でしたが、一見平穏に見えるバダロも、水面下では緊迫しているのかな、と思った一瞬。店員が、人々は神経質になっているんですよ、と言っていました。
そういえば、夫がバダロでアパート探しをしていたとき、不審外国人に見えたのか、私服エージェントに呼び止められ、IDの提示を求められたこともありました。

どちらも笑い話で、幸いですが。

 

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