アラビア語「塾」

皆様に愛されて開塾30年

アラビア語“塾”語学研修10日間 to オマーン ~ 雑 感

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アラビア語“塾”語学研修10日間 to オマーン ~ 雑 感

語学研修旅行というものに初めて参加したが、この旅行はなかなか面白かった。よく遊んだ。しっかりリフレッシュできたと思う。アラビア語の具体的な課題も見えてきたし、良い旅だった。

オマーンの目ぼしい所を、機内で寝て、正味7日半で駆け足で巡る、盛り沢山の内容であった。夜討ち朝駆けがなかった分、余裕があったかもしれない。三度の食事もゆっくりできた。
このプランで最も良かったのは、4WDでオマーンの多様な大自然を存分に楽しめたことである。まさかと思うほど、くるくる変わり行く自然の姿は、巻き戻しして確かめたくなるような不思議さがある。

サラーラからウバル遺跡に向かう途中、4WDでアラビア語を習っていない人と同乗した。私達は時折日本語でしゃべっていたが、ちょっと
「この道はどこへ行くの?」とか、
「私達はどこ行くの?」
とか、聞いてみた。アラビア語で質問できることは少ない。無口でシャイな感じの青年で助かる。
彼女の疑問:「ここには、どんな野生動物がいるのか?」
聞いてあげたいが、「野生」とかわからないし、「穴ネズミとかはいるんじゃない?」・・・「穴」だの、「ネズミ」だの、想定される答え、「リス」「キツネ」「ウサギ」などの単語は、頭にない。

しばらくすると、一面の砂漠の中に突如、緑の四角が現れた。スプリンクラーが何列か並んで、向こうから手前にパイプを伝ってやってくる。せっせと水をまいている。
「あの植物は何?」と、思わず聞いた。名前は聞き取れなかったが、「ラクダが食べる」そうだ。

この辺りは砂漠に見えるが、近くに水源があるようだ。オマーンのラクダ農家は、こんなに資金力があるのか。それとも国が、ベドウィンのために作ったものか。
ここへ来る途中にも、短い草の生えた広大な土地に、ものすごい数のラクダが放牧されていた。土地の所有者はどんな人か、国か。国有地だとしたら、ベドウィンは自由に放牧できるのか。ややこしいことは、英語ですらスッと出てこない。通り過ぎた。

旅半ば、ワヒバ砂漠のクルージング。この危なげがことが大好きなのだ。ドライバー氏も好青年で大人気!ここで本当に危なげなことがあった。
シンガリを行く4号車が、砂丘の山の端に、前輪を突き出しそうな恰好で止まってしまった。
我らがドライバー氏も、大急ぎで助けに向かう。裸足になって、オマーン服の裾をからげるようにして、砂丘を駆け上がる。
下では、韓流スターに群がるオバ連のような騒ぎになっていた。いやはや!4号車に乗っていた方たちには申し訳ないが、皆、大事には至らないと信じていたから・・・だ。(後に、スークで売られているのを見たが、彼の服の下は、ペチコートでもステテコでもなく、腰巻き様のものだったみたい)

2日後、車のメンバーチェンジがあった。このドライバー氏の人気は絶大で、2号車に乗る権利を争って、ジャンケンすることになった。笑顔の奥のマジな眼光が怖い。ウスタードひのきも、ちょっと引いてしまっていたが、人数が多くてなかなか勝負がつかないのを見ると、立ち直ってサバキにかかった。

8日目、ニズワにて、金曜の動物市を見にスークへ向かう。活気がある。
「買いたい意思表示は、どうやってするの?」
「値段交渉のやり方は?」
「あなたは売りに来た?買いに来た?」
「売ったお金はどうするの?」
「買った羊はどうするの?」
聞いてみたいけれど、答えがわかりそうにない。そもそも、私がアラビア語を習い始めた原点がここにあったことを思い出した。それを忘れて、惰性で塾に通うこと○年。習い始めて1~2ヶ月ぐらいから進歩していない。

野菜市場で、じゃがいもの近くに不思議なものがあった。近くにいたジャミールさんに聞いた。
「バタータ」とのこと。ウスタードひのき「甘いやつ」。見た目はこんにゃくいもそっくりである。実際に調理してみるか、調理したものを見せてもらわないと納得がいかない。いつか・・・ネ。
野菜といえば、どこかのホテルの煮込み料理の中に「夕顔」があった。どこにでもありそうな素材だが、海外で食べたのは初めてだった。

車の中ではしっかり勉強したし、世界遺産も4つすべて入っていた。ジックリ見るとはいかないが、私にとってのオマーンは、これくらいで十分だ。
スルタン・カブース・モスクのシャンデリアと回廊を見なかったのが惜しまれる。
「この世のものとは思えない」景色のイエメンへの道は、次のイエメン旅行に期待したい。
(文責:シマ シマ子さん)

 


修学旅行番外編:私と「チーム・オマーン」

夏前(6月だから当地ドーハでは既に真夏だが)だったであろうか、9月に予定されているアラビア語「塾」イエメン大修学旅行で、私が暮らすドーハを経由する旨のメイルが檜先生から私のところに届いた。今思えば全てはここから始まったのだった。

ドーハを経由するのだから当然、カタル航空(注:1)を利用されることだろうと思い、着任のために昨年末に乗ったカタル航空が、そのライバル航空会社エミレイツに比べて如何に劣っているかを酷評する返事のメイルを出しておいた。
確かに8年前に会社を辞め、アラビア語に人生を賭すためヨルダンに渡った時に利用したPIA(パキスタン航空)やその後、ドバイで出稼ぎ中に一時帰国で一度使ったことのあるタイ航空に比べれば、エコノミー・クラスでも各座席に液晶モニター完備のカタル航空は遥かに高級かもしれない。だがしかし、エミレイツの贅沢さに慣れてしまった者としては、エンターテインメント・プログラムのチョサさ(注:2)、しかも歌謡曲は全てインストロメンタルで、歌が入っていないという始末。それなら、「YESTERDAY by The Beatles」じゃなくて、「by Lennon & McCartney」って書けよ~!、それとも各人カラオケでもお楽しみ下さいってのかーっ!、と思わず叫びたくなったものである(注:3)

それから暫くして先生の方から、イエメンからオマーンに行き先が変更になった旨を知らせるともに、「ご推薦のカタール航空に乗るのを楽しみにしております」という、こちらの嫌がらせに対する嫌~味なお返事を頂く。しかし、まさかその数カ月後にそのカタル航空の飛行機で一緒に日本に帰ることになるとはこのとき誰が予測できただろうか?(注:4)

そして愈々大修学旅行の出発日が近くなった9月の初めには、わざわざ詳細な旅行日程まで添付して下さった上で、
「オーバーブッキングでドーハに居なければいけないときには、お電話します。その際は宜しく・・・と言っても、空港の外に出られるかは分かりませんが???」
というお茶目なコメントが届き、こちらも念のため、ご一行がドーハに立ち寄られる日付を自分の能率手帳にチェックしておいた。
この些細な行動が、あの「チーム・オマーン」に関わり合いになるきっかけになろうとは夢にも思わずに・・・。

さてここで、私が何で急遽「チーム・オマーン」の皆さんと同じ飛行機に乗る羽目になったのかをご理解頂くために、当地カタルの悲惨な出稼ぎ労働者事情について説明することをお許し願いたい。
先ず、当地で働く外国人は訪問ビザで入国し、それから3カ月後に「健康診断」という名目で胸部レントゲン撮影及びエイズ検査を受けるとともに、両手十本指の指紋及び掌全体の掌紋を警察に採取され、3カ月の訪問延長が認められる。
そして更に、3カ月後に漸く就労ビザ・滞在許可証の申請を行なうのであるが、どういうわけだか私はその際にもう一度、健康診断及び指紋・掌紋押捺をやらされたのである。
胸部レントゲン撮影については、前回の検査後3カ月の間に胸を患う可能性もあるだろう。しかし、エイズについて言えば、滞在許可証無しでは海外に出るのが難しいため、殆どの出稼ぎ労働者がカタル国内に大人しく留まっている実態から鑑みて、2回目の検査で陽性が出たとしたら、それは国内で感染したということになり、それなら何のために新しくやって来た外国人にエイズ検査を課しているのかわからなくなる。
それよりもっと訳がわからないのは、指紋・掌紋である。3カ月で指紋・掌紋が変化するんだったら、それらをコンピューターで保存しておくことに何の意味があるというのか。或いは、訪問延長申請時に押捺した指紋・掌紋のデータを就労ビザ・滞在許可希望者のファイルに電子的に転送することが、カタル人にはよっぽど難しいことなのだろうか。
因みに、カタルが追いつけ追い越せと目標にしているドバイでは、既に今から6年前の時点で、入国から半月で就労ビザ・滞在許可証が発行され、1カ月後には妻を呼び寄せることができた。
しかも、エイズ検査を含む健康診断こそやらされたものの、指紋・掌紋まで押捺されることなどなかった。未だに湾岸の一村落の雰囲気が色濃く田舎臭いドーハがドバイを追い抜くなんてことは、少なくても私が生きている間には不可能であり得ないこと請け合いである。

ドーハでは悪い遊びもせずに大人しくしていたため、幸いエイズ検査にも引っ掛からず、目出度く就労ビザ・滞在許可証が発行されたのが7月半ば。
それから漸く新車のカローラ1.8XLi(これが「噂」の左ハンドル!)を購入し、料金が高い上に台数不足のため全然つかまらないタクシー地獄から解放され、いよいよ愛しの家族を呼び寄せようと担当のお役所に行ってこれまたびっくり。
婚姻証明書、子供の出生証明書に加えて、何故か私の学歴証明書が必要!。しかもこれらの証明書を、発行した国それぞれの在ドーハ大使館から本物証明印を受けた上で、それらをカタル外務省に持って行って更に証明印をもらってこいとのこと。
おまえんとこの「レッドテープ」はどんだけ真っ赤なんやー!と叫ぶとともに、こんな馬鹿なことを教えた旧宗主国のブリッツどもを呪ったのは言うまでもない。
おまけに私の場合、結婚したのがヨルダン、長男が生まれたのがドバイ、長女と次男がサウジ産と、3つの国の大使館に足を運ばねばならない面倒臭さ。
更に衝撃を受けたのが、長女のサウジ発行出生証明書にサウジ外務省の公印が無いことが発覚!。これで、大学卒業証明書とともに戸籍謄本の原本を取りに日本に帰らざるを得なくなることが確定!!!。

というわけで、本当は断食してなきゃいけないラマダーン月中にも拘らず、一刻も早く日本に帰らねばと、旅行会社に駆けつけ、フライトの予約を済ませ、出発日時を書き込もうと能率手帳を開いてみたところ、あれれれぇ~、22日夜の欄には「檜先生ご一行ドーハ経由」なる書き込みがあるではございませんか。
ソウルや北京じゃないんだから、一日にそう何便も日本に飛んじゃいないだろうから、こりゃきっと同じ便に違いあんめいと、当日ドーハ国際空港をきょろきょろ、うろうろした末、デューティーフリー・ショップ(やはりドバイより格段にショボい!)で高級腕時計を物色中の檜先生を発見!!!。
こうして「隊長」以下、「チーム・オマーン」の皆様とご対面に至ったわけでございます。パチパチパチ!!!目出度し、目出度し(幕閉じる)。

(注:1)皆さん、「カタール」ではなくて「カタル」ですよ~。本来、長母音のあるところを伸ばさず、長母音が無いのに英語読みを変に真似して伸ばすような英米植民地根性コンプレックスは早く克服しましょう。特に霞が関の伏魔殿にお住みのお役人の方々!。
(注:2) エミレイツでは、松田聖子はおろか財津和夫のチューリップまで聞ける年代別ナツメロを取り揃えるといった心苦しいばかりの気配り!、エミレイツ万歳!、Long Live、シェイク・ムハンマド・ビンラーシド!。
(注:3)しかしどうしたことだろうか、今回チーム・オマーンの皆様と一緒に乗ったドーハ→関空便では、ちゃんと歌が入っていた・・・。前回私が乗った便は「カタル」航空を「騙る」偽者だったのか?。
(注:4)バラーガ(修辞)で習うところの「イスティフハーム・インカーリー」ですかね、先生?。

追記:檜先生からは「ドーハから羽田」、不足であれば「修学旅行補足:送別会」というお題を頂戴していましたが、あの晩、ドーハ国際空港で檜先生と馴れ馴れしく話していた髭面の不審人物がどうして、あの時あの場所に居合わせたのかという皆様の疑問にお答えするべく、そこまでに至った経緯を含め、「塾」大修学旅行とドーハ在住の私「出稼ぎ」の接点を中心に筆を執らせて頂きました。
そして、私の2週間の日本滞在の最後の晩には、修学旅行の打ち上げも兼ねて私奴の送別会まで皆様に開いて頂いたことを感謝して筆を擱かせて頂きたいと思います。
(文責:出稼ぎさん)

 

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