アラビア語「塾」

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アラビア語“塾”語学研修10日間 to オマーン ~ 第6日目 2007年9月19日(水)

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アラビア語“塾”語学研修10日間 to オマーン ~ 第6日目 2007年9月19日(水)

早朝、どこからか目覚まし時計の音・・・(早く止めてくれないかな~)と思っているうちに、すっかり目が覚めてしまった。 昨夜は夕涼みがてらテントの外に椅子を出し、遅くまで星を見ていたので、完全に寝不足!

テントから出ると、まだ薄暗かった。ちょっと散歩・・・カメラを持って近くの砂丘に上る。すぐに上れそうな斜面なのに、足が埋まってうまく上れない 息切れ(-。-;)
やっと1山越えると、風紋がとてもきれいだ。それにサソリや他のなにやらが這い回った跡が砂に模様を描いていた。

外国人の2人連れが遠くでカメラを構えているのが見えた。
(そうか!日の出を待っているんだぁ)
私もキャンプの向こうの山にカメラを向ける。ワヒバ砂漠の日の出を連写!目覚まし時計の犯人に感謝!

その後テントに戻り、昨夜から断水している蛇口をひねるが相変わらず水は出なかった。
砂漠で水が豊富に出るとは思っていなかったから、まぁ想定内だ。大事なペットボトルの水で洗面をする。水の有難みを今更ながら痛感した。

さっき私が上った砂丘を下りてくる人がいる。黒い民族衣装はジャミーラさんかな?
ジャミーラさんは、オマーンに着いた初日にマトラのスークで買った民族衣装を着て、まるでオマーンの女性のようなのだ。そのジャミーラさんらしき人が転がるようにして砂丘を下りてくる。
(まあ~ ジャミーラさんたら、もっと身軽な格好で上ればいいのに・・・)
と思っていたが、近づいてくると、ベドウィンの女性だった。大きな荷物を持って、どこから歩いてきたのだろうか?
キャンプの近くに家らしきものは何もなかったようなのに・・・平らな場所に下りると、大きな荷物を頭の上に乗せ歩き出した。どこに行くのだろう?

朝食の場所で、ベドウインの女性が手編みの小物を売っていた。さっきのあの女性だろうか?でも確か、さっき頭の上にあった大きな荷物からは草がたくさん見えていたが・・・謎だ・・・・・・。
(文責:ウンム・アリー)


 その日は、テントの外より聞こえるチーム・オマーンの皆様の話し声で目覚めました。
快眠、心地よい朝のすがすがしい空気、遠い遠い東の果ての国でのいつもの朝よりもずっと快適な目覚めなのは、らくだちゃん(注:筆者のこと)にとっては砂漠はやはり故郷のようなものだからなのでしょうか。私にとっては、この旅の中で同胞のらくだ達に会え、触れることのできるこの日はとても大切な日でした。
前日は、キャンプ地に着くと同時にたちまち辺りが夜のとばりに包まれて、雲間から少しずつ顔を覗かせて現れた上弦の月と次第に数を増していく星々がやわらかい光を私達の上に投げかけていました。昨晩ランタンの火が幻想的な空間をかもしだしていたベドウィン風のシートとクッションが置かれた食事の場所は、朝の光の中で見ると、ジンがかけた魔法がとけてしまったように昨日の晩とはまるで違うシンプルな表情をしていました。

 朝のシャイを飲んでいると、真っ白いディシュダーシュを着たベドウィンの男に連れられた2頭のらくだがゆっくりとキャンプに近づいてきて、柵の外に行儀良く2頭並んで座りました。
私は朝食も早々に、さっそくご挨拶に出かけました。砂を踏みしめながら逸る気持ちを抑えてゆっくり歩いて近づいていくと、右側の1頭が長い首を優雅に少し動かしてこちらに視線を向け、つぶらな瞳でじっと見ているのがわかりました。私もこのらくだちゃんとは、きっと仲良くなれると思いました。
らくだの視線を感じながら、少し離れた所からカメラのシャッターを押すこと数回。そして、いよいよ近くに行って、まずは左側の手前のらくだにそっと触れてご挨拶。でも、目と目が合った瞬間から、私はもう1頭の右側のらくだちゃん!と心に決めていました。

案の定、そちらのらくだに近づいて行って立ち止まると、らくだも待っていたかのようにゆっくりと顔をこちらの体に近づけてきて臭いをかぐようなしぐさをしました。(檜先生のようならくだスペシャリストを差し置いて私がらくだの解説をするのは僭越だとは思いますが、らくだに対する愛情は私の方が深いと自負しております(笑))
私はこの数秒の「間」がとても大切だと思っています。人間どうしでも、見ず知らずの人が突然近寄ってきて体に触れたりすれば驚き不愉快ですし、初対面からなんとなくソリが合わない人だと感じたりすることがありますが、動物たちは人間以上に敏感なので、相手の殺気や警戒心などというものを瞬時に悟り、場合によっては攻撃的になります。しかし、ここで受け入れられ安心感をもってもらえれば、自由に触れさせてくれます。
かくして、チーム・オマーンのらくだちゃんは、この後、ワヒバ砂漠のらくだとハグハグ!!可愛かったです!!ちなみにあのらくだちゃんの名前はサラーハ。どこかで聞いたことありませんか?そう、チーム・オマーンの3号車のドライバーさんの名前と同じです。

ヘルワさんの悲鳴が砂漠に響き渡ったときは驚きましたが、あれはサラーハらくだちゃんのちょっとした遊び心とエキサイティングな砂漠の演出(!?)ですよ。サラーハらくだに代わって、どうかお許しくだされ!(ヘルワ注:サラーハくん、散歩の途中で突然座り込んだのです。前方に投げ出されるかと思った!)
それから、らくだ乗りの権利を譲ってくださった檜先生、たくさんの写真を撮ってくださった皆様、旅行中お世話になったチーム・アーティフの皆様、チーム・オマーンの皆様、本当にありがとうございました。私は日がな一日、らくだの世話をして、ベドウィンの人たちと語学研修(?)をして、砂漠で3ヶ月ぐらい過ごすのもいいかなと思っております。次回は、ワヒバで皆様をらくだと共にお迎えにあがれるとよいのですが。 さて、チーム・オマーン一行は1000 Nights Camp の門の前で記念撮影をした後、四駆4台に分乗して、再び昨日来た道を戻り砂丘を下って行きました。

途中、オアシスの緑の帯が広がる村を見渡せる砂丘で写真ストップ。
辺りは360度地平線の彼方までゆるやかなうねりを繰り返す黄金に輝く砂の海。赤茶色の砂の大地の上にまるで一枚の緑色のシルクのペルシャンカーペットを広げたように眼下にオアシスのナツメヤシの緑の林が細く伸びています。その周辺に屋根の平らな白っぽい箱型の家々がポツリポツリと建っています。
砂漠は常に死と隣り合わせの静寂と永遠と、冴え渡る月のように人を寄せつけない美しさと、誰をも哲学者に変えてしまうような魅力がありますが、オアシスの緑はそれとは対照的に植物も動物も人も命あるものすべての尊さと生きる喜びを教えてくれます。

私はらくだも好きですが、砂漠の風景が大好きです。しかし、写真やテレビで見る砂漠では満足できません。それは、実際に砂のやわらかさと温かみを足の裏に感じながらその大地の上に立ち、砂漠の空気に全身をゆだねるのとは全然違うことだと思います。
砂漠の国々でも今は遊牧の民というのは減っていると聞きますが、彼らは生きていくのに必要最低限の物しか所有せず、社会や人間関係や物欲に縛られることなく軽やかに動物たちと共に移動していきます。
それに比べたら、今の私達は物質的にも精神的にも不必要な物をなんとたくさん身の周りに集め、自ら身動きとれなくさせてしまっていることでしょう。勿論、日本で普通にサラリーマン生活をしようと思ったら、遊牧民の持ち物ではやっていけないのはわかっています。でも、不思議と砂漠に行くと、余分なものが削ぎ落とされて精神的にスリムになって、自分にとって本当に大切なものが何か自然に見えてくる気がするのです。

最後の砂丘を完全に下りきると、先程までの景色が嘘のようにあとは平坦な普通の道。前日の夕方立ち寄った車の修理工場によって、砂漠に入るために抜いた車のタイヤの空気圧をもとに調整します。そして、一行は風光明媚なワディ・バニ・ハーリッドへ。

 巨大なナツメヤシの下を歩いて行くと、岩山と乾燥した白い大地の間になみなみと潤うエメラルドグリーンの巨大な水の鏡が現れました。チーム・素足の人達はさっそく足を水に浸していました。
ガイドのジャミールさん曰く、実際にそこで泳ぐこともできるそうです。彼は「予備の服をもってきてないから」と、あのちょっと困ったような笑顔で遠慮していましたが。大自然の前では何の解説も不要です。水に触れたり、写真を撮ったり、水源近くの岩場に登って行ったりと、皆さん思い思いにくつろいだ時間を過ごされたのではないでしょうか。

この日の昼食は、アル・シャルキーヤ・サンズ・ホテル。ラマダン中でガイドさんやドライバーさん達は昼食を取らないので、私達だけが個室でビュッフェスタイルの昼食。席に座ると、私の目はそこに置かれた紙製のランチョンマットに釘付けになりました。砂漠を背景にらくだに乗ったベドウィンの男が描かれています。
「余分な所有物を持たない砂漠の民」の生き方に共感していたはずの私ですが、さっそく汚れないうちにとそのランチョンマットを丸めてリュックにしまいこみ、また一つ余計な物を増やしてしまいました(笑)。
昼食後、とてもよく気のつく我らが隊長が、らくだ柄と知って柄違いのものと新しいランチョンマットをわざわざもらってくれました。ありがとうございました。隊長は、長年世界中でビジネスをされてきた方だけにとても交渉上手で、人脈も広く、話題も豊富な方、お世話になりました。

この日は、基本的にはワヒバからニズワに向かってひたすら移動の日です。昼食後は、またそれぞれの車に分乗して語学研修(!?)私が乗った2号車のこの日のメンバーは、2年前にエチオピアの旅で偶然相部屋になったシマ、シマ子さん、インド通のバティールさん、らくだに乗った姿が颯爽としていて決まっていた素足美人さん、そして、ドライバーさんは翌日のシャッフル事件をまねくまでに至った人気者のアーティフさん。(しかし、バハレーンのマダムは、次の日彼を一瞥して「私なら、もう少し探すわね」となかなか厳しい評価を下していらっしゃいました。さすがマダムのハードルはなかなか高くていらっしゃる)
【注:シャッフル事件とは】2号車に乗車希望の方が多数いらして、メンバーはシャッフルすべきだとの抗議の声があがり、翌朝はなぜか2号車だけ乗車券ならぬ「乗車権」取得のための選抜ジャンケンが行われたのでした。私は皆様のご好意により フリーで席をいただいちゃいましたが。シュクランでした。→18日の写真ですが、一番右端が、人気者のアーティフさん。

しかし、人間顔がすべてではありません。(私が弁解してどうするのでしょう。アハハ・・・)どうも周りが誉めすぎたせいか、彼は一躍チーム・オマーンの人気ドライバーになりましたが、彼自身はお客さんの注目を集めようという様子も見られず、けっこう淡々としたものでした。
余裕のある家族のもとで育ち、外国への旅行も何回もして自国以外の世界も知り、仕事も趣味(水泳、サッカー、バイクツーリング、乗馬、ギター演奏からアラビアンカリグラフィーまで幅広い)も楽しみつつ、アラビア語の発音を覚えるなら「コーラン」で覚えるのがよいと話していた、見かけによらず(?)真面目なムスリムの普通の若者という感じでした。
ちなみに彼は英語の他にも、ヒンディー語と、パキスタンなどで話されているバローチー語ができるとのことで、インド通のバティールさんとヒンディー語で挨拶を交わしていました。私も一つだけ覚えました。「ア・チャー」というのがOKの意味だとか。

 次にニズワ近くになって立ち寄ったのが、ビルカトゥル・マウズというオアシス。日本語にすると、「バナナ池」という町(村?)の名前です。日本では、桜や梅や桃などが地名になることはありますが、さすがに「バナナ池」というのは今までに耳にしたことがありません。
最初に少し高台から町全体を見渡すと、その辺りだけ緑が集中しています。ナツメヤシの樹のようにも見えますが、おそらくその中にバナナの木もたくさんあるのでしょう。緑が少ない景色の中で、それはまさに池の水面のようであり、「バナナ池」と名付けた人の気持ちがわかるような気がします。
さらに近くまで行って町の中を散策してみると、人影は少ないものの立派な門構えに広い庭、ステンドグラスのはまった瀟洒な家々が立ち並んでいました。

 そして、この日の最後の見学場所はファラジュ(灌漑用水路)。国全体では300ぐらいの数のファラジュが存在するらしい。
私達が訪れた場所は、道路沿いに斜め上の水路から勢いよく水がほとばしり出ていました。水路沿いに歩いていくと、水路の一部を囲うように数メートルほどの小さな建物があり、体を洗っている男性達がいました。私達も旅行中いくつものファラジュを見ましたが、いずこもきれいな水が流れ、農業に飲料に生活用にと実に巧みに利用されていました。

さて、いよいよ今夜宿泊するホテルへ。そこは、かりんさんのオマーン人のご主人のお勧めのホテルであり、ニズワ近郊のジャバル・アフダルの山の上にあるその名もジャバル・アフダル・ホテルです。
ジャバル・アフダルの山の頂きは3075mで、オマーンでもっとも高い山だそうです。ホテルに向かう道を通るにも四駆以外の入山は禁止されていて、山裾には検問所が設置されています。しかし、きれいに舗装された道を四駆でグングン走るのはとても快適で、まるで長野の美ヶ原辺りの眺めの良い有料道路を走っている感じでした。
昼間は40度以上あった温度が山を登るにつれて見る見る下がり、1~2分走るごとに車の中にある外気温表示が面白いように1度ずつ確実に下がっていきました。一番高い所を通り過ぎてやや下ったところにあるホテルに着いたときは、24~25度でした。湿気もなく、夕方の爽やかな空気は涼しく感じられるほどでした。ラマダン中に朝の9時から夕方の5時過ぎまで、長距離の運転をしてくださったドライバーさん達お疲れ様でした。

ホテルは小ぢんまりした山の中の小綺麗な一軒宿で、周りには何もありませんが、そこまで行った者にしか味わえない大自然の雄大な景色と空気を楽しめます。翌日泊まることになる、プール付きで広いロビーのある豪華なニズワのゴールデン・チューリップ・ホテルとは対照的でした。単純にどちらがいいとは言えませんが、両方のホテルに泊まれ、それぞれの良さを味わえた私達はとてもラッキーだったと思います。長くなりましたが、チーム・オマーンの旅はまだまだ続きます。
(文責:らくだちゃん)

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